領域概要
Overview
バイオロジカルクラスターとは?
生き物の細胞内では、多種多様なタンパク質が様々な機能を発揮することで生命活動が維持されています。
タンパク質の中には、いくつかが集まって複合体をつくり、さらにそれらの複合体が集まってクラスターをつくることで、全体として機能を発揮するものがあります。
本研究領域では、クラスターを形成することで生物学的な意義を発揮する、こうした超分子複合体を「バイオロジカルクラスター」と定義し、形成のメカニズムや、発揮される機能の特性を解明する研究を行います。
例えば、細胞内でクラスターを形成することにより、一定の体積を確保し、物理的な強度を獲得して、機能的なシステムを形成することで、統御された超分子複合体として機能するものが存在しています。
さらに、細胞内でのクラスター形成には、分子間相互作用に加え、分子混雑環境の空間効果やプラットフォーム効果など様々な要因が関与する可能性が考えられます。
これらを考慮し、蓄積されつつあるタンパク質複合体の構造情報と細胞内の超分子複合体との間のギャップを埋める、「バイオロジカルクラスター」研究は、生物学に転換を促す挑戦と言えます。
本研究領域のアプローチ
バイオロジカルクラスターの成り立ちとその意義を解析するには、既存の細胞生物学・生化学・構造生物学に加えて、先進的な電子顕微鏡、蛍光相関分光法、超解像イメージング法を駆使した解析、さらには、その動態を物理学的に取り扱う、いわゆるソフトマター物理学や数理シミュレーション等を融合させる必要があります。細胞内で観察された現象や測定された物理量に対して物理学の理論を持ち込むことで理解を深め、生物学と物理学を相互に補完していくというこれまでにない融合研究を推進します。
本領域では特に、中心体、セントロメア、染色体など、細胞内に存在する超分子複合体を対象とし、その構造基盤や形成原理の解明を目指します。
研究項目
A01バイオロジカルクラスターの分子基盤と細胞内機能との関連解明
各超分子複合体を対象に、クラスター形成に関わる要因を見出し、細胞内でのクラスター化の実体とその形成制御、クラスター化することで獲得する特性を解明することによって、それらがどのように特異的な細胞内機能と関わるのかを理解することを目指します。
具体的に計画班では、動原体複合体、染色体を構成するSMC複合体、セントロメアを制御するCPC複合体、中心体を構成する各種複合体について、基本ユニットの構造・生化学的な解析、変異体細胞や人為的クラスター誘導細胞の実験系を用いた細胞生物学的解析を行います。得られた知見をA02、A03班と共同で解析することで、これらの複合体が細胞内でクラスターを形成する機構とそれによって得られた特性を解明して、細胞内機能との関連を理解します。
計画研究1バイオロジカルクラスターを介した機能的動原体の形成機構
代表者:深川 竜郎(大阪大学大学院生命機能研究科・教授)
動原体を構成する複合体が、細胞内で集まって組織化するクラスターの高次構造、クラスター化したことによって得られる特性、クラスター形成を促進する要素およびその制御機構を解明し、染色体分配機能において動原体複合体がクラスター化する重要性の理解を目指します。
計画研究2染色体構築におけるSMC複合体クラスター形成の役割
代表者:村山 泰斗(国立遺伝学研究所遺伝メカニズム研究系・准教授)
高次ゲノム構造を制御するコヒーシン複合体のクラスター構造、クラスター化に関与する要素、クラスター形成の意義を解明し、そのアナロジーを他の必須SMC複合体へと拡張し、SMC複合体のバイオロジカルクラスターという視点から染色体の構造制御の理解を目指します。
計画研究3セントロメアにおけるバイオロジカルクラスターの形成とその特性
代表者:広田 亨(がん研究会がん研究所・部長)
染色体分配の確度を保証する染色体パセンジャー複合体(CPC)が、M期セントロメアにつくるクラスターの高次構造、クラスター形成の促進機構、Aurora B反応場としての機能特性を生み出す構造制御を解明し、がん細胞における染色体分配異常との関連の理解を目指します。
計画研究4バイオロジカルクラスターを介する中心体の形成機構の解明
代表者:北川 大樹(東京大学大学院薬学系研究科・教授)
微小管形成中心として多様な細胞内機能を担う中心体について、その構成因子群が段階的に超分子複合体へと成熟する機構、中心小体によるプラットフォーム効果を含めたクラスター形成を促進する要素、機能特性を生み出すクラスターの高次構造を解明し、細胞内機能との関連の理解を目指します。
研究項目
A02バイオロジカルクラスターの可視化と分子動態制御基盤の解明
先進的な電子顕微鏡や超解像イメージングにより、細胞内でのクラスターの制御と構造の特性を明らかにし、分子動態解析により各クラスターの体積や強度といった「物理的特性」とシステム形成のような「生化学的特性」の分子動態制御基盤を解明します。
具体的には、A01で扱う各複合体の細胞内での高次クラスター化の実体や特性をクライオET、超解像顕微鏡、エクスパンジョン顕微鏡といった先進的イメージング技術を駆使して解析します。その際A01の研究で明らかにする複合体の相互作用データをレファレンスとして活用します。また、従来からの蛍光相関分光法(FCS、FCCS)に加えて、新しい極限時空間相関分光法を確立し、バイオロジカルクラスターの細胞内での特性や動態の定量的解析を行います。
計画研究5クライオTEM・SEMによるバイオロジカルクラスターの構造および動態解析
代表者:小田 賢幸(山梨大学大学院総合研究部・教授)
分担者:加藤 貴之(大阪大学蛋白質研究所・教授)
分担者:久住 聡(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科・助教)
各超分子複合体を対象に、クライオTEM・SEMを用いて、細胞内および人工細胞内で形成されたクラスター構造の高精度解析を実現し、クライオFIB-SEM、クライオCLEM等、最新のEM/ET技術を駆使して、バイオロジカルクラスターの超微構造解析基盤を確立します。
計画研究6バイオロジカルクラスター解析のための極限時空間相関分光法の確立
代表者:北村 朗(北海道大学大学院先端生命科学研究院・講師)
分担者:野澤 竜介(がん研究会がん研究所実験病理部・研究員)
研究協力者:平野 泰弘(がん研究会がん研究所実験病理部・特任研究員 / 大阪大学大学院生命機能研究科・招へい教員)
従来のFCSをベースに極限時空間相関分光法を確立し、それを各種の超解像イメージング法と組み合わせることで、細胞内における分子間相互作用、分子動態、分子数とその空間配置など、細胞内における超分子複合体に関わる動態解析のための技術基盤を構築します。
研究項目
A03物理・理論的解析によるバイオロジカルクラスターの形成と特性の解明
人工細胞系を用いることで、細胞サイズの空間でのクラスター形成と獲得特性に関わる物理量を測定し、A01、A02から見出される細胞内の動態解析データとも比較しつつ、数理理論解析と相互補完することでクラスターに作用する直接的・間接的な要素を解明します。
具体的には、領域で扱う超分子複合体を各種設計した人工細胞に導入し、そこで形成した各クラスターの物理量を測定することで、細胞サイズ空間がつくる間接的な効果やプラットフォーム(場)は何かを明らかにします。また、ここで得られた知見とA01、A02での実験結果を取り込んで、クラスター形成過程の数理シミュレーションを行います。それをA01、A02の研究に再フィードバックして、実験的検証を行い、その精度を高めていきます。
計画研究7細胞サイズ空間での生体分子クラスター形成および超分子構造転移の解明
代表者:柳澤 実穂(東京大学大学院総合文化研究科・准教授)
分担者:車 兪澈(海洋研究開発機構・主任研究員)
細胞サイズの空間をもつ人工細胞に、目的の超分子複合体をさまざまな条件で導入し、クラスターの組成解析、分子拡散測定、力学測定等の物理的特性を評価する実験系を確立し、クラスター形成に関わる各要素の定量結果に基づいてその理論的基盤を構築します。
計画研究8分子場の特性から記述するバイオロジカルクラスターの新しい状態理論
代表者:立川 正志(横浜市立大学理学部・准教授)
分担者:境 祐二(横浜市立大学理学部・特任准教授)
超分子複合体のクラスター形成には、分子間の直接的および間接的な相互作用が協働的に働いていることが予想される。領域内のターゲットを対象に、数理モデルを用いてクラスター形成過程を再現することで、その相互作用の協働性を解明し、定式化を行います。